傍腫瘍性脳炎や橋本脳症などの自己免疫介在性脳炎・脳症(autoimmune encephalitis/ encephalopathy)は、臨床症状の進行が相対的に遅く、血液検査の変化も乏しく、脳MRI検査の画像所見も乏しいことがあります。近年、自己免疫介在性脳炎・脳症に合併する自己抗体が発見され、診断マーカーとして利用可能となりました。日本では、抗NMDA受容体脳炎、抗VGKC複合体抗体脳炎、橋本脳症などの報告が多いです。
しかし本疾患は急速進行する場合もあり、数週間から数カ月かかる自己抗体の検査結果を待つことなし治療開始できるように、次のような診断基準が提唱されています。早期治療が良好な予後につながることから、臨床経過、脳MRI画像、髄液、脳波検査などが自己免疫介在性脳炎・脳症を示唆すればステロイドパルスや免疫グロブリン療法などの早期治療を行います。
[診断基準]
1.作業記憶障害、記銘障害、意識変容、傾眠、性格変化、 または精神症状が亜急性(3カ月以内)に進行する。
2.少なくとも以下の1つが確認できる。
・新たな局所神経徴候
・過去に見られたことのない痙攣発作
・髄液細胞増多(5/mm3以上)
・脳炎を示唆するMRI検査所見
3.臨床的に他疾患の可能性を除外できる。
上記の3項目を充たせば、自己免疫性脳炎・脳症として治療を開始してよい。
上記の[診断基準]3項の鑑別疾患としては次のような疾患があります。
1. 感染性脳炎・脳症(クロイツフェルト・ヤコブ病を含む)
2. 急性散在性脳脊髄炎
3. ビッカースタッフ脳幹脳炎
4. ループス脳炎
5. 古典的な自己抗体(抗Hu抗体・抗Yo抗体等)陽性傍腫瘍性脳炎・脳症
6. 変性疾患による認知症
7. 脳血管障害
8. 多発性硬化症
9. 視神経脊髄炎
10. 神経ベーチェット病
以下に抗NMDA受容体脳炎、抗VGKC複合体抗体脳炎、橋本脳症について簡単に説明します。
抗NMDA受容体脳炎では、感冒様の前駆症状に引き続き、抑うつや興奮等の感情障害、日常的な作業の遂行が障害される認知行動障害や幻覚・妄想など、急性発症の統合失調症に類似した精神症状が出現します。引き続き、カタレプシー等の緊張病類似の症状、意識障害、頻回のけいれん発作、呼吸不全、顔面・四肢のアテトーゼ・ジスキネジア様不随意運動、著明な自律神経症状(発汗異常・腸管麻痺・血圧変動・唾液分泌亢進・体温調節異常など)が出現します。抗NMDA受容体脳炎は全患者の8割が女性で、罹患した女性では卵巣奇形腫を合併することがあり、この腫瘍摘出により改善を期待できます。
抗VGKC複合体抗体脳炎では、壮年期に発症し、亜急性に進行します。臨床症状は多様で、記銘力低下、てんかん発作、自律神経障害、性格変化が亜急性に進行し、数ヶ月から年余にわたり経過します。本脳炎の主要な病因である抗LGI1抗体が陽性の症例では、同側の顔面と上肢に非常に短く常同的なジストニー発作(faciobrachial dystonic seizure; FBDS)が頻回(1日50回に及ぶ)に出現する場合があります。
橋本脳症は、慢性甲状腺炎(橋本病)に合併する中枢神経疾患で、本邦で最も頻度の高い自己免疫性脳炎です。ステロイドパルス治療によって著明な改善がみられる。橋本脳症ではα-エノラーゼのN末端(NH2-terminal of alpha-enolase; NAE)に対する自己抗体が約50%の症例で検出されます。橋本脳症は、甲状腺機能障害とは関係しません。
自己免疫介在性脳炎・脳症において、関与する抗体の種類により症状に多少の差異はありますが、多くは急性期に意識障害、認知機能障害、てんかん発作(時に重積状態)などを呈し、昏睡、死亡に至る場合もあります。急性期からの回復後も脳の障害部位により、認知機能障害、高次脳機能障害、運動機能障害などを様々な程度で合併します。てんかんを発症すると薬剤抵抗性に長期経過することがあります。てんかん発作は、焦点性発作とその二次性全般化発作、あるいは全般性発作です。
有効性の確立した治療法はないですが、急性期の治療としてステロイドパルス療法/ステロイド投与、経静脈的免疫グロブリン療法(IVIg)、血漿交換療法などの免疫修飾療法がおこなわれることが多いです。治療抵抗性の場合はリツキシマブ、シクロホスファミド静注療法などが提唱されています。てんかん発作を伴う場合には抗てんかん薬を使用し、精神症状については抗精神病薬を対症療法的に使用しますが、いずれも難治性であることが多いです。
急性期の免疫修飾療法に比較的反応しやすいですが、後遺症が問題となることが多いです。記憶障害や精神症状の回復には数か月~数年を要する場合があります。また抗NMDA受容体脳炎では急性期で10%が死亡するという報告があります。自己免疫介在性脳炎・脳症では長期にわたりてんかんや精神症状、記憶障害から日常生活に支障をきたしている症例が多数存在すると想定されます。自己免疫介在性脳炎・脳症は、後遺症なく完治していれば保険加入に問題はないですが、後遺症が残っているのであればそれを査定評価します。
(参考)
1) Graus F, et al: A clinical approach to diagnosis of autoimmune encephalitis. Lancet Neurol 15 : 391―404, 2016.
2) 小児慢性特定疾病情報センター 自己免疫介在性脳炎・脳症
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