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人食いバクテリア感染症

支払査定医として、毎日死亡診断書を見ることが仕事です。外因と内因の区別、保険商品別の支払可否、告知義務違反などの可能性などを考えます。市中肺炎などの感染症は、内因つまり病気としての取扱いですが、一部の重篤な感染症(対象となる感染症)については災害扱いとし災害割増特約などで死亡保険金が増額して支払われることは周知の事実です。


感染症法の対象となる感染症(平成26年1月30日現在)として、一類感染症、二類感染症と三類感染症の多くが、災害死亡保険金の支払対象となっています。また、令和2年1月に中華人民共和国から世界保健機関に対して、人に伝染する能力を有することが報告された新型コロナウイルス感染症(Covid-19)が、対象となる感染症として新たに加わりました。しかし結果としては、二類感染症から五類感染症に変更されたため、対象となる感染症であったのは2023 年 5 月 7日までの一定期間だけでした。新型コロナウイルス感染症の在宅療養も入院として扱われたのが特異なことでした。2023 年 5 月 8 日以降に新型コロナウイルス感染症による支払事由が発生した場合、個人保険における災害死亡保険金等の対象外となりました。





さて、劇症型溶血性レンサ球菌感染症が、近年「人食いバクテリア」という呼称で注目を集めています。この劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、突発的に発症し、急速に多臓器不全(MOF)に進行するβ溶血を示すレンサ球菌による敗血症性ショック病態です。この感染症は、まれではありますが、非常に重篤な細菌感染症であり、急速に低血圧、複数の臓器の機能不全、さらには死に至る可能性がある病態です。アメリカCDCによる報告では、積極的な治療にも関わらず、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の死亡率は30%~70%と非常に高い致死率を示しています。


もともと溶連菌すなわちA 群溶血性レンサ球菌は、健康な人の鼻や皮膚にいる常在菌です。ごくありふれたこの常在菌が呼吸器や皮膚の傷口などに侵入して感染し様々な疾患を引き起こします。一般に子どもが罹患する溶連菌感染症が多く、発熱、咳、のどの痛みから発症します。


劇症型溶血性レンサ球菌感染症の日本での報告は1992年が初めてで、毎年100~200人前後の患者が確認されています。全年齢層が罹患するものの、30歳以上の成人に多いようです。主な症状は、急な発熱、咽頭痛、四肢の痛み、発赤・腫脹、嘔吐、下痢、呼吸困難、意識障害などで、症例の10%に全身性紅斑が見られます。また血圧低下からショック状態に至ります。


劇症型溶血性レンサ球菌感染症の危険因子としては、高齢者、糖尿病や慢性肝疾患、腎臓障害を有する人、がん患者、熱傷、水痘、外傷、出産後、ステロイドや免疫抑制剤、または消炎鎮痛剤を服用している人などがあります。また、過労、ストレス、大量の飲酒や喫煙もリスクに挙げられます。


高齢者の軽微な外傷から劇症型溶血性レンサ球菌感染症を起した事例がありました。ある高齢被保険者が、自転車との接触で右下肢を受傷し、その3日後に整形外科を初診、右下腿挫傷・擦過傷、右下腿皮下血腫、右足関節捻挫と診断され、保存加療が施行されましたが、当該被保険者は体動困難となり受傷5日後大学病院へ救急搬送されるも、来院時心肺停止、心肺蘇生するも心拍再開せず死亡となったものです。死後のCT検査(Ai)で下腿壊死性筋膜炎の診断となり、足の外傷から侵入した細菌感染によるものと考えられました。


治療はペニシリン系薬が第一選択薬であり、特にペニシリンGやアンピシリンの静注が推奨されています。他に細胞内移行の高いクリンダマイシンも推奨されています。血圧維持のために大量の輸液も必要です。軟部組織の壊死を防ぐために広範囲に病巣を切除することが必要です。早期に適切な抗菌薬を投与することで感染の進行を抑え、生命を救うことができます。劇症型溶血性レンサ球菌感染症では、皮膚や筋肉周辺の組織が壊死することがあります。この壊死は非常に特徴的で、四肢に紅斑が現れます。感染部位の広範囲な切除が必要です。感染が進行すると、複数の臓器が機能不全に陥ります。特に肺、腎臓、肝臓などが影響を受け、敗血症性ショックを引き起こすことがあります。劇症型溶血性レンサ球菌感染症の合併症として、糸球体腎炎(血尿、浮腫、高血圧)が報告されています。


劇症型溶血性レンサ球菌感染症は致死率の高い感染症であり、早期診断と適切な治療が重要です。劇症型溶血性レンサ球菌感染症は、日本でも増加しています。国立感染症研究所の発表によると、感染症発生動向調査に届けられた「A群溶血性レンサ球菌」による劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)は2023年に340例、届出時死亡例は97例になっています。これは過去6年間のうち第2位の数値であり、感染者数は増加傾向にあります。


米国CDCの報告によると、積極的な治療にも関わらず、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の死亡率は約30%~70%と非常に高い致死率を示しています。2012年から2014年の死亡例を調査した結果、全体の76%が発病から3日以内に死亡し、41%が発病日当日もしくは翌日に死亡していることも報告されています。米国の調査では、STSSでの致死率は38%となっています。












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